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「京都一人旅」土砂降りの中 レンタサイクルで行く 坂本龍馬と新選組ゆかりの地を巡る京都旅 京都霊山護国神社から幕末維新ミュージアム霊山歴史館へ 元離宮二条城を見学し近江屋跡に向かう

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皆さん今晩は、蜜柑です。

京都一人旅二日目。

今日もレンタサイクルであちこち回ろうかと思っていたらあいにくの雨。

しかも、結構降っています。

こんなこともあろうかと、レインポンチョを買っておきました。

どのくらい効果があるかわかりませんが、とりあえず行ってみましょう!

オリエンタルホテル京都をチェックアウトし次のホテルへ

朝食をとって荷物をまとめるとホテルをチェックアウトしました。

部屋も綺麗だったし、テレビでYouTubeが観れたりと居心地のいいホテルでした。

オリエンタルホテル京都

まずは荷物を預けるため次のホテルへ向かいます。

どこかコインロッカーに預けてもいいのですが、周辺にコインロッカーがないようなのでホテルに預かってもらいます。

雨の中自転車に荷物を載せ次のホテルへ。

こんなこともあろうかとレインポンチョを買っておいてよかった。

しかし、荷物はずぶ濡れ、僕もズボンがずぶ濡れ。

なんとかホテルにたどり着き、荷物を預けて雨の中、最初の目的地へ向かいました。

京都霊山護国神社(きょうとれいざんごこくじんじゃ)

最初の目的地は、坂本龍馬と中岡慎太郎と桂小五郎の墓がある霊山です。

霊山は清水寺の近くにあり、清水寺周辺が道が狭く、昨日は観光客でいっぱいだったので自転車に乗れませんでした。

そのため、ちょっと離れた場所の駐輪場に自転車を預けました。

(霊山には無料の駐輪場がありますが、坂の上なので大変なのと、近くの神社にも駐輪場がありました)

霊山の入山料は300円。結構急な階段を上ると、二人の墓がありました。

誰かがお酒を供えていますね。

その近くには2人の銅像が

さらに登っていくと桂小五郎の墓が。

隣には奥さんのお墓がありました。

そのほかにもたくさんの墓が並んでおり、威圧感を感じました。

雨が降っているせいもあって、階段が滑りやすくなっており、登る際は十分注意してください。

京都霊山護国神社とは

霊山護国神社は坂本龍馬を初めとする維新志士を祀るための神社です。

1356柱の御霊が祭られています。

・アクセス 市バス停東山安井から徒歩10分

・拝観料 300円

・開門8~17時(入山受付9~)

・年中無休

幕末志士の墓地:

  • 京都霊山護国神社には坂本龍馬、中岡慎太郎、木戸孝允などの幕末の志士たちが祀られています。特に、坂本龍馬の墓は多くの観光客が訪れる人気スポットです。

明治維新の歴史:

  • 神社の敷地内には、明治維新に関する資料や展示物があり、当時の歴史を学ぶことができます。

京都市街の眺望:

  • 神社は京都市の高台に位置しており、市内を一望できる絶景ポイントでもあります。特に秋の紅葉シーズンには美しい景色が楽しめます。

静かな環境:

  • 京都市内の観光地の中でも比較的静かな場所にあり、落ち着いた雰囲気の中で参拝ができます。

霊山資料館:

  • 神社に隣接する霊山資料館では、幕末・維新期の歴史に関する展示が充実しており、貴重な資料を見ることができます。

京都霊山護国神社へのアクセス

公共交通機関を利用する場合:

  • 京都駅からのアクセス:
    • 京都市バス:206系統に乗車、「清水道」バス停で下車。そこから徒歩約15分。
    • 京阪電車:京阪本線「祇園四条駅」で下車。そこから徒歩約20分。
    • 阪急電車:阪急京都線「河原町駅」で下車。そこから徒歩約25分。

車を利用する場合:

  • 名神高速道路「京都東IC」から約30分。ただし、周辺の道は狭く、駐車場が限られているため、公共交通機関の利用が推奨されます。

坂本龍馬ってどんな人?

坂本龍馬は土佐国(現在の高知県のあたり)に生まれました。

土佐藩郷士(下級武士)の家に生まれましたが、多額の財産を持っており非常に裕福な家庭だったそうです。お坊ちゃまだったのかな?

子供のころの龍馬は泣き虫で弱虫でした。12歳までおねしょがなおらなかったといわれています。

10歳の時にお母さんを亡くしてしまいますが、お姉さんが代わりに龍馬を教育してくれました。お姉さんは身長176センチ体重110キロを超えるスゴイ人で、剣術にも秀でていたため、龍馬の剣術師範も務めていたそうです。そんなお姉さんがいたら頼もしい(というか怖い・・・)ですね。

龍馬、江戸へ

成長した龍馬は、剣術修行のため江戸へ遊学します。

そのころ日本の歴史に残る大事件が起こります。ペリー提督率いるアメリカ海軍艦隊が浦賀沖に来航しました。黒船来航ですね。

龍馬も招集され警備の仕事につきます。おそらくこのとき外国の脅威や今の日本の現状に危機感を抱いたのでしょう。

土佐で貿易の重要性を学ぶ

龍馬は土佐へ帰ると、川田小龍という絵師を訪ねます。

この川田小龍という人は、外国の豊富な知識を持っている知識人として土佐で有名な人物でした。

漂流してアメリカの漁船に助けられ、アメリカの文化を学んだジョン万次郎に聴取をした人物でもあり、龍馬は川田小龍から海運の重要性について学ぶことになります。

これからは海外との貿易が重要だよーということですね。

幕末維新ミュージアム 霊山歴史館

霊山の近くに幕末のミュージアムがあります。

中では、坂本龍馬の人生や新選組の結末。

他様々な遺物が展示されています。

坂本龍馬が暗殺されたときに使われたとされる刀や、近江屋襲撃時の模型。

新選組鬼の副長土方歳三の最後などがありました。

新選組の浅葱色の羽織を着て記念撮影などもできます。

幕末ファンの方はぜひチェックしてください。

幕末維新ミュージアムとは

幕末から明治維新の時代に活躍した人物や出来事を解説するミュージアムです。

約100点の幕末維新ゆかりの品を公開しています。

・アクセス 市バス停東山安井から徒歩10分

・入館料 900円

・開館時間 10~17:30(受け付けは30分前まで)

・休刊日 月曜日(祝日の場合は翌日)

・駐車場あり

次は大政奉還が行われた城「二条城」へ向かいます。

坂本龍馬と土佐勤王党

龍馬の明友である武市半平太が、岡田以蔵らとともに江戸に上がりひそかに「土佐勤王党」を結成しました。

土佐勤王党は尊王攘夷を掲げて結成された結社で、幕府よりも天皇を尊び、外国勢力を追い払おう!という考え方の人たちが集まった組織です。

武市半平太が土佐に戻ってくると龍馬も筆頭として加盟しました。

脱藩と容疑者

もともと土佐勤王党は、土佐藩での影響力を高め尊王攘夷の方向へ導くために作られたものでした。

しかし、なかなか土佐藩が動かずしびれを切らした勤王党の中に脱藩する人が現れ始めます。

そして龍馬も脱藩した人の誘いを受け、脱藩を決意します。

龍馬の脱藩後、土佐藩の吉田東洋が暗殺され、龍馬は吉田東洋暗殺の容疑者とみなされてしまいました。

勝海舟との出会い

江戸に到着した龍馬は、開国論者であった勝海舟を斬るため彼に近づきます。

ところが、逆に世界情勢と海軍の必要性を説かれた龍馬は大いに感服し、勝海舟の弟子になってしまいました。

勝海舟のおかげで、脱藩の罪は赦免され海軍操練所設立のために働くことになります。

これがのちに亀山社中(海援隊)となり海外から大量の武器を輸入する窓口となります。

元離宮二条城(もとりきゅうにじょうじょう)

二条城に到着しました。

二条城前駅の近くに駐輪場があるのでそこに自転車を預けて、内部を見学しましょう。

入場券はお城の堀の外側にあります。入場券を買って入場します。

重要文化財・唐門(からもん)

入場すると見えてくるのは唐門です。

細かな装飾が施されていて、とても美しいですね。

国宝・二の丸御殿

ここが二の丸御殿です。

二の丸御殿に入るには、入場料と別料金が必要になりますので注意してください。

二の丸御殿には、将軍の居間と寝室だった「白書院」

将軍と、徳川家に近しい大名や高位の公家との対面が行われた「黒書院」などがあり、どの部屋にも豪華な障壁画がありました。

そして大広間には、当時の様子を再現した人形が配置されており、圧倒的な存在感を醸し出していました。

あんな場所で将軍に会う・・・となったら雰囲気だけで気おされてしまいそうですね。

二の丸御殿の廊下は歩くと音がする「鴬張り(うぐいすばり)」となっています。

実際に歩いてみるのは初めてだったので、ちょっと楽しかったです。

二の丸庭園

二の丸御殿から出て経路を進んでいくと、美しい庭園が広がっています。

あいにくの雨模様なので、空が曇り、水面が騒がしいことになっていますが、天気のいい日にはもっと美しい庭園が楽しめるでしょう。

本丸御殿

庭園を抜け、堀を渡っていくと本殿が見えてきます。

残念ながら改装工事中なので、どんな様子なのかはよく分かりませんでした。

清流園

清流園は内堀の外側にある日本庭園です。

なんとこの日、結婚式が行われていました。

こんな綺麗な場所で結婚式ができるなんで、すごいですね。

二の丸御殿にはこのほかにも趣が異なる3つの庭園があります。

かなり広いので、歩きやすい靴で時間に余裕をもって回ってみてください。

元離宮二条城とは

1603年徳川家康が将軍上洛の宿場として築城されました。

その後、260年もの間徳川家の栄枯盛衰を見守ってきました。

そして、15代将軍慶喜が大政奉還の意志をこの場で表明したことで、新しい時代が始まりました。

・アクセス 市バス停二条城前から徒歩すぐ

・入城料 1300円(二の丸御殿観覧料を含む)

・開城時間 8:45~最終受付16時

・休城日 12月29日~31日

・駐車場 あり(有料)

歴史的価値:

  • 二条城は、徳川家康が京都御所の防衛と京都の政治拠点として築いた城であり、歴史的な重要性を持っています。徳川家康の上洛時や、幕末の大政奉還の舞台としても知られています。

世界遺産:

  • 二条城は1994年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。その歴史的価値と保存状態の良さが評価されています。

美しい庭園:

  • 城内には二の丸庭園や本丸庭園など、美しい日本庭園が広がっています。四季折々の花々や木々が楽しめるため、訪れる時期によって異なる風景が楽しめます。

豪華な建築:

  • 二の丸御殿は、豪華な襖絵や彫刻が施された建物で、江戸時代の大名屋敷の様式をよく表しています。特に「松の廊下」は、歴史的事件が起きた場所として有名です。

文化イベント:

  • 二条城では、春の桜や秋の紅葉のシーズンに特別公開やライトアップが行われます。また、伝統的な茶会や文化イベントも頻繁に開催されており、日本文化に触れる機会が豊富です。

二の丸御殿:

  • 二の丸御殿は、当時の将軍の居所や執務空間として使用された建物で、国宝に指定されています。内部の襖絵や障壁画は、日本美術の最高峰とされています。

元離宮二条城へのアクセス

公共交通機関を利用する場合:

  • 地下鉄:
    • 地下鉄東西線「二条城前駅」で下車。2番出口から徒歩すぐ。
  • JR:
    • JR山陰本線「二条駅」で下車。東へ徒歩約15分。
  • 京都市バス:
    • 9, 50, 101系統に乗車、「二条城前」バス停で下車。そこから徒歩すぐ。

車を利用する場合:

  • 名神高速道路「京都南IC」または「京都東IC」から約30分。二条城周辺には有料駐車場がいくつかありますが、観光シーズンには混雑することがあるため、公共交通機関の利用が推奨されます。

二条城を見学したあと、ホテルにチェックインしました。

二条城の中でも雨に打たれっぱなしで、さすがに風邪をひきそうだったので、一旦ホテルに避難します。

龍馬とお龍

土佐藩出身の攘夷派志士たちの隠れ家で働いていた女性の娘にお龍(おりょう)という女性がいました。

彼女がのちの龍馬の妻になる女性です。

初めて会ったとき名前を聞かれて紙に書くと「自分と一緒だ」と笑いあったのが馴れ初め。

彼女はのちに、龍馬の危機を救うことになる「寺田屋事件」は有名ですね。

寺田屋事件ののち、龍馬の傷の治療のため薩摩に日本人初の新婚旅行に行くことになります。

ホテルにチェックイン


部屋に入ると急いでシャワーを浴び予備服に着替えました。

ここで問題が発生。

ズボンや靴下は予備を持ってきたので問題なかったのですが、パジャマやタオルが濡れてしまい替えがありませんでした。

そこで僕が利用したのがホテルに設置してあるコインランドリー。

初めて利用しますが、今こそ活用するときです。

洗濯機で選択し、乾燥機で乾かしました。

一回では乾ききらなかったので、もう一回乾燥機にかけました。

結果、パリパリに乾いてくれて非常に助かりました。

初めての焼肉ライク

濡れた服を乾燥機に入れている間に昼食にいきましょう。

実はこのホテルの近くに一人用焼肉店「焼肉ライク」があり、今まで行ったことがなかったので初めて行ってみました。

席に座ると店員さんが丁寧に注文方法を教えてくれました。

焼肉ライクでの注文は、タッチパネルで注文し、準備が出来たら席のナンバーが書かれたカードをもって商品を受け取りに行く仕組みだそう。

とりあえずセット商品を注文し、足りない分は追加で注文することにしました。

セット商品が到着。席に備え付けてあるコンロで焼きます!

・・・・うまい!

タレがうまい!ちょっと侮ってた。こんなにうまいならどんどん注文しちゃうね。

結果、結構注文してしまい結構な支払いになりました。

一人で3000円ぐらいでしたね。まぁ普通の焼肉でも同じぐらいですが。

非常に美味しかったし、気軽に食べれるのでおすすめです。

薩長同盟の立役者

薩摩藩と長州藩はどちらも大きな影響力を持っていましたが、薩摩藩は幕府に開国をさせ改革を進めたい、一方で長州藩は攘夷論を掲げた反幕府姿勢を貫きたい、といった形で両社は相容れない立場にありました。

そこで、坂本龍馬と中岡慎太郎は両藩の会談を進めるが、桂小五郎が難色を示してしまう、そこで龍馬は西郷隆盛に働きかけ薩長同盟が成った。とされています。

この後、池田屋事件、お龍との新婚旅行を経て大政奉還となっていきます。

船中八策

長崎から兵庫へ向かう船の中で龍馬が書いたとされる新政府への基本方針の提言書が船中八策です。

ただし、原本も見つかっておらず、文体も江戸時代に書かれたとは思えないものであったkととから、創作ではないかといわれているようです。

近江屋跡

焼肉ライクの向かいに近江屋跡があります。

といっても看板しかなく、今はかっぱ寿司になっていますが。

ここが坂本龍馬が亡くなった場所なんですねぇ。

坂本龍馬の最期

1867年12月10日 午後8時ごろ、龍馬と中岡が話していたところ、十津川郷士と名乗る人物たちが突然押し入り、額を深く斬られ殺害された。享年33歳。この日は龍馬の誕生日だった。

中岡もこのときの刀傷がもとで亡くなった。

実はこのときの犯人ははっきりと分かっておらず。

新選組の関与が強く疑われたが、現在では京都見廻組が犯人ではないかといわれているそうです。

龍馬の死は当時の日本社会に大きな衝撃を与えました。

その後、彼の志を継ぐ者たちが動き、明治維新へとつながっていきます。

竜馬の存在と思想は日本の歴史において不朽のものとなりました。

彼の志は現代の日本の価値観や国家建設にも影響を与え続けていますね。

ここでホテルに戻りました。

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二日目終了。やっぱり雨の日の強行軍は厳しい

京都一人旅二日目終了しました。

あらかじめ雨が降る予報だったので、レインポンチョを用意しておいたのは正解でした。

が、結構な雨が降ったことと自転車で移動したため、ズボンから下はビショビショ。

かなり疲労もたまったので、夕方以降はホテルで休んでいました。

・レインポンチョがあっても自転車で移動するのは無茶だった

・レインポンチョは歩いて移動する分には便利、レインコートと違い中が蒸れにくい。

・雨に濡れたときに避難できるよう同じホテルに連泊したほうがよかったかも・・・

ほかにもいくつか回りたいところがあったのですが、ちょっと無理でしたね・・・。

明日、新幹線の時間までちょっと余裕があるので行けるところは行ってみようと思います。

ここまで読んでくださってありあがとうございました。

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